不朽の名作『ウルトラセブン』のあるエピソードで使われていた音楽機材が、テクノ音楽の礎を築いたYMOへと繋がる、ちょっとマニアックなお話しです。
『ウルトラセブン』第37話「盗まれたウルトラアイ」というエピソードで、マゼラン星への怪電波の発信源となっていたのが、なんと、バンドが生演奏する中、若者たちが踊るステージに置かれていた「リズムボックス」だったんです。
1968年、放送当時にゴーゴークラブのような場所でドラムの代わりにリズムボックスが使われていたのかは想像の域を出ませんが、若者が熱狂するツイストのようなダンスミュージックに使われる、シンプルでアップテンポなリズムは、当時の大人たちには「単調なリズム」と映ったかもしれません。
一方で、リズムボックスの電子音で奏でられる規則正しいリズムは、近未来的な響きとして捉えられた可能性もあります。実際にテクノミュージックは70年代に開花します。
そして、繰り返される単調なリズムが、同じメッセージを何度も送るモールス信号のように聞こえたのではないか、ということです。実際、マゼラン星人のマヤは、故郷に「迎えはまだか」という短い通信を繰り返し送っていました。
さらに興味深いのは、地球防衛軍極東基地でリズムボックスのカバーが外されると、中にはテープが回っていて、テープ再生型(テープループ)のリズムボックス?でした。メロトロンのリズムボックス版⁈
もしかしてテープループのリズムボックスってあったの?と、調べてみると、1949年に Chamberlin ‘Rhythmate’というテープに録音されているドラム音がループして再生されるというテープループ式のドラムマシンが発売されていたのを知りました。こちらがメロトロンの先祖でした、、。
60年代後半のリズムボックスは半導体で電子音を発生させるものでしたが、テープというアナログな仕組の方が、より機械的な印象を与えたのかもしれません。
にしても、恐るべしウルトラセブンです。
特撮作品に登場した「リズムボックス」という当時の新しい音楽技術への視点、そして繰り返される電子リズムという描写は、後にコンピューターと音楽を融合したYMOのような音楽が世界を席巻する未来を予見していたのではないかと勘繰ってしまいます。
1960年代後半に進化したリズムボックス
ウルトラセブンの「盗まれたウルトラアイ」が放送されたのは1968年6月16日です。
1960代後半には、ACE Tone (エース電子工業) シリーズ、京王技術研究所 Donca Matic / Mini Pops シリーズなど、60年代後半には多くの名機と呼ばれるリズムボックスが発売されています。
「盗まれたウルトラアイ」が放送された1968年当時に発売されていたリズムボックスについて確認してみました。
ACE Tone シリーズ
ACE Tone Rhythm Ace FR-1 / FR-3は、アナログ方式のプリセットリズムマシンで、「電子化リズムマシンの原点」の一つとされています。
エース電子工業の創業者、梯郁太郎(かけはし いくたろう)氏は、エース電子工業を離れ、1972年にローランドを創業し、ACE Toneの技術やデザインを継承したTR-33 / 55 / 77 を発売します。これが後の名機TR-808(通称 ヤオヤ)に繋がっていきます。
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Rhythm Ace FR-1(1967)
FR-1は16種類のプリセットリズムパターンを搭載しており、プリセットを組み合わせることが可能です。また、FR-1はハモンドオルガンオプションとして採用されていたともあります。当時はオルガンにリズムボックスが搭載されていたんですね。エレクトーンみたいです。
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Rhythm Ace FR-3(1967)
8種類の基本リズムパターンの他に、2ビートと4ビートのリズムに対して、それぞれ6種類ずつのバリエーションが用意されていました。
Donca Matic / Mini Pops シリーズ
京王技術研究所は、1986年に社名がKROGとなりますが、1963年に発売した「ドンカマチック DA-20」は、国産初のリズムマシン市販機です。
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【引用】「ドンカマチック」が未来技術遺産に登録! | KORG |
国産初となる円盤回転式電気自動演奏装置で、日本におけるリズム・マシン開発の出発点となった重要な機器として評価され、2020年に国立科学博物館が制定する未来技術遺産に登録されました。
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Donca Matic DA-20(1963)
回転する円盤にある接点が触れることによって真空管を使用したアナログ回路でリズム音が生成され、円盤の回転スピードを変えることでテンポが調整できるという機械的な仕組みでした。
25種類のプリセットリズムパターンを搭載し、本体のフロントパネルにはミニ鍵盤のようなスイッチがあり、個別の音色を手動で鳴らすことも可能だったとあります。
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Donca Matic DE-20(1966)
Donca Matic DE-20になって機械式回転円盤から、トランジスタ回路を使用した電子式に変更されました。また、リズム音の生成もアナログ回路ですが、真空管からトランジスタに変更になっています。
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Donca Matic DE-11
DE-20の廉価版とありますが、詳細は不明です。動画で確認することができます。
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Mini Pops 5 / 7(1966)
Mini Popsシリーズは、より広範にトランジスタ技術を適用した、次の世代のリズムマシンとして位置づけられていて、トランジスタ式リズムマシンの重要なモデルと言われています。
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Mini Pops 3 / 20S(1967)
かなり洗練されているリズムボックスで20SのSはステレオを意味するとWikipediaには掲載されていますが、詳細は不明です。
ドンカマとは?
マルチトラックレコーディングを行う際のガイドリズムのことを、いまでも「ドンカマ」と言います。これは、かつてレコーディングスタジオに Donca Matic(ドンカマチック)が備品として置かれていた時期があり、その略称である「ドンカマ」がガイド音を指す言葉として広まったと言われています。
「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY」のインタビューの中で細野晴臣氏も下記のように言及しています。
「このツアーのときのクリックはドンカマみたいな音が鳴っているだけで、今みたいにバックトラックが鳴っているわけではないから、それに合わせるわけにはいかない。一番肝心だったのは(高橋)幸宏のドラムなので、幸宏のグルーヴに合わせてシンセベースを弾いていたんです」
と、「ドンカマみたいな音」という言葉を用いて、ライブのときにタイミングを合わせるためのガイド音を「ドンカマ」表現しています。
ちなみに「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY」は、アルファミュージック設立55周年を記念して、ライヴ・レコーディングが行われた4都市5公演の全貌を伝える5CD+1BDのライヴ・ボックス・セットです。
Blu-Rayのライブ映像は、THE GREEK THEATREとHURRAHの映像を最新の技術でアップコンバート、サウンドも新たにミックスとリマスタリングが施されています。
ドラムもベースの音も一つ一つの音の粒がたっていて、とても1979年の演奏とは思えないクォリティです。それにしても細野さんのシンセベースの手弾きの演奏には天晴れです。
アルファミュージックのYouTubeチャンネルでは、このBOX SETに収録されている THE GREEK THEATREでの「RYDEEN」の映像が公開されています。
CDで聴く音楽もいいものです。
世界初の商用リズムボックス Wurlitzer Sideman
1959年に発売された Wurlitzer Sideman(ウーリッツァー・サイドマン)が世界初の商用リズムボックスと言われています。
真空管と電磁式回転ディスクを用いた機械式のリズム生成機です。ボタンを押すことで手動で演奏することも可能です。
日本のコルグ創業者である加藤氏がドンカマチック開発の着想を得る際、クラブで使われていたSidemanに触発されたというエピソードがWikipediaに記載されています。実際にSidemanの動画を見ると、Donca Matic DA-20がWurlitzer Sidemanを強く意識して作られたことがよく分かります。
テープループのドラムマシン Chamberlin Rhythmate(チャンバリン・リズメイト)
世界初のリズムボックスより10年前にハリー・チャンバリン(Harry Chamberlin)によってテープ再生式(テープループ)の「世界初のドラムマシン」であるリズメイト(Chamberlin Rhythmate)が製造されています。
1インチ幅の磁気テープループに記録された、本物のアコースティックドラムキットやパーカッション(ボンゴ、クラベス、カスタネットなど)の演奏パターン(サンプル)を再生することでサウンドを生成します。サンプリング(PCM)音源を搭載したドラムマシンLinn Drum の大先輩です。
YMOでみるリズムボックス
1980年に発売されたローランド TR-808は、ドンカマチックよりも1年早い2019年に「音楽シーンに大きな影響を与えたリズムマシン」として国立科学博物館の「重要科学技術史資料」(通称 未来技術遺産)に登録されています。
Yellow Magic Orchestra もアルバム『BGM』(1981年)でTR-808を使っています。アルバムに収録されている「1000 KNIVES(千のナイフ)」 は、坂本龍一のファーストソロアルバムのセルフカバーで、「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY」でも演奏されいる、とてもグルービーな一曲です。必ずテーマに戻るという構成はJazzのようでもあります。
しかし、このBGMバージョンではTR-808のリズムが前面に押し出され、ヤオヤ(TR-808の通称)のキック音とクラップによって、より機械的で乾いたアレンジとなっているのが特徴です。
Nothing has to Change(何も変わらないこと)
今回のブログでは、ウルトラセブンに登場した謎のリズムボックスから始まり、初期の国産リズムマシン、そして世界の最先端を走ったTR-808やChamberlin Rhythmateに至るまで、リズムマシンの歴史を辿ってきました。
ウルトラセブン「盗まれたウルトラアイ」のエピソードで描かれた、あの単調でありながらも近未来的なリズムボックス。そして、初期のリズムボックスにおけるテクノロジーの限界からくる「シンプルに、決まったことを繰り返す」という制約こそが、リズムボックスの本質となり、その後の技術的な挑戦へと繋がっていきました。
ウルトラセブンは、北米版ブルーレイで安価に高画質で楽しむことができます。
日本のテクノロジーである Donca Matic DA-20 が示したリズムボックスの本質と挑戦は、時代を超えて脈々と受け継がれています。
少し前に『メトロノームじゃ物足りない!アップライトベース練習に最適なリズムマシンはこれだ!(おすすめ3選)』というタイトルで、B-205の購入理由について「スピーカーで音が鳴らせてシンプル操作」と書いていましたが、もしかしたら、大人になってウルトラセブンに興味をもつのも、昔のリズムボックスに惹かれるのもベースに nothing has to change という思想に基づいて判断していたのかもしれません。
テクノロジーがどれだけ進化しようとも、根源的なリズムの力、そしてシンプルな繰り返しの中に宿る魅力は不変である。音楽の歴史を紐解く中で、そんな普遍的な本質を見出す面白さを改めて感じることができました。
マニアックすぎる書籍 Rhythm Machines
Don Camatic CE-11の動画の最初に紹介されている書籍『Rhythm Machines: The rise and fall of the presets』は、1960年代後半から1980年代初頭にかけて登場したプリセット式リズムマシン(ドラムマシン)の歴史を詳細に記録したものです。Ace Tone、Eko、Elka、Farfisa、Gulbransen、Kay、Kawai、Korg (Keio)、Maestro、Seeburg、Roland、Yamahaなど、主要メーカーからマイナーなメーカーまで、300近い機種を網羅し、カラー写真とモノクロ写真を含む200ページにわたる詳細な情報が掲載されています。